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2025年9月15日 (月)

No..1118 やがて伝説となる

浅野屋のインスタのメッセージ欄に、御連絡いたいただいたのが5月のこと。

私のブログ、2015年1月11日付けの「カレー屋 松の実」という、

10年も前のブログを発見して、ご連絡いただいた方で、どうも他県在住の方の様です。

カレー屋松の実は、その昔、八事の奥の音聞山にあった超高級カレー店。

今から40~50年くらいも前のことです。

浅野屋でビーフカレーの提供を始めると、

食べられた方が「昔、音聞山に松の実というカレー屋があったよね。

高かったけど、おいしかったなあ」と、口々におっしゃっるのです。

学生だったシェフも高くて、そうそう行けなかったけど、

確かにフルーツや野菜を煮崩れるまで煮込んだカレーは、

他にはない味わいだったと言います。

当時「トリオ」という栄の丸善裏にあった喫茶レストランのカレーが、

大盛りでも300円くらいだった時代に一皿、1500円くらい。

しかもチキンとビーフのカレー以外のメニューはなかったそうです。

それでも行列ができていたとか、高級車が停まっていたとか、

皆さん、口々に思い出を話されます。

私は結婚する前で、名古屋には縁もなかったので、

皆さんから伝え聞いたことをブログに書いたまで。

それが「カレー松の実 名古屋」で検索すると、

まず、浅野屋奥さんのブログが出てきて、

そのあとにカレー屋松の実のスレッドが立っていて、盛り上がっていました。

ともあれ、他県からはるばる、名古屋のご兄弟を尋ね、

当店にお越しいただいた方には、不思議なご縁を感じ、感謝です。

ご本人は40歳代の方でお母様に連れられ、よく松の実を訪ねられらていたとのこと。

松の実を語る方でも最年少かと思われます。

松の実さんは、その後閉店され、ご店主さんも亡くなられて久しいことを、

その方からお伺いしました。

インターネットで繋がる世の中になったからこその話しですが、

50年の歳月が経っても人々の記憶に残る、

やがて伝説となる様な店があったということです。

同級生の下宿が音聞山にあったシェフは、時々遊びに行って、

一緒に松の実にいったそうです。

「友達はお金持ちの子息で、

タンノイのモニターというスピーカーが下宿にあって」

とか何だか分からない想い出話をしたりします。

昔、昔のお話しです。

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季節は巡り秋ですね。

うちの庭にもとんぼが秋を知らせに来てくれました。

 

 

 

 

 

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