No..1118 やがて伝説となる
浅野屋のインスタのメッセージ欄に、御連絡いたいただいたのが5月のこと。
私のブログ、2015年1月11日付けの「カレー屋 松の実」という、
10年も前のブログを発見して、ご連絡いただいた方で、どうも他県在住の方の様です。
カレー屋松の実は、その昔、八事の奥の音聞山にあった超高級カレー店。
今から40~50年くらいも前のことです。
浅野屋でビーフカレーの提供を始めると、
食べられた方が「昔、音聞山に松の実というカレー屋があったよね。
高かったけど、おいしかったなあ」と、口々におっしゃっるのです。
学生だったシェフも高くて、そうそう行けなかったけど、
確かにフルーツや野菜を煮崩れるまで煮込んだカレーは、
他にはない味わいだったと言います。
当時「トリオ」という栄の丸善裏にあった喫茶レストランのカレーが、
大盛りでも300円くらいだった時代に一皿、1500円くらい。
しかもチキンとビーフのカレー以外のメニューはなかったそうです。
それでも行列ができていたとか、高級車が停まっていたとか、
皆さん、口々に思い出を話されます。
私は結婚する前で、名古屋には縁もなかったので、
皆さんから伝え聞いたことをブログに書いたまで。
それが「カレー松の実 名古屋」で検索すると、
まず、浅野屋奥さんのブログが出てきて、
そのあとにカレー屋松の実のスレッドが立っていて、盛り上がっていました。
ともあれ、他県からはるばる、名古屋のご兄弟を尋ね、
当店にお越しいただいた方には、不思議なご縁を感じ、感謝です。
ご本人は40歳代の方でお母様に連れられ、よく松の実を訪ねられらていたとのこと。
松の実を語る方でも最年少かと思われます。
松の実さんは、その後閉店され、ご店主さんも亡くなられて久しいことを、
その方からお伺いしました。
インターネットで繋がる世の中になったからこその話しですが、
50年の歳月が経っても人々の記憶に残る、
やがて伝説となる様な店があったということです。
同級生の下宿が音聞山にあったシェフは、時々遊びに行って、
一緒に松の実にいったそうです。
「友達はお金持ちの子息で、
タンノイのモニターというスピーカーが下宿にあって」
とか何だか分からない想い出話をしたりします。
昔、昔のお話しです。
季節は巡り秋ですね。
うちの庭にもとんぼが秋を知らせに来てくれました。
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