旅行・地域

2022年11月 3日 (木)

No.1020 富山旅

刺激的でストレスフルな都会か、マンネリだけどストレスフリーの田舎か。

そんな風に感じた旅でした。

先日の連休を利用して、4月に富山県の高岡市へ引っ越して行った、

次女のところを引っ越し後、初めて訪ねました。

以前住んでいた町には、2回の出産もあったので、

頻繁に行き来していたけれど、今回は半年ぶりです。

ペーパードライバーを返上した娘の運転で行った富山の呉羽山からは、

市街地を望み、雪をいただいた立山連峰が堂々とした山容を現した時は感激。

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あっという間に成長していく孫たちと楽しい時間を過ごさせてもらい、

久々に私はストレスフリー。

子供は広い家の中を走り回り、以前よりパワーアップしていました。

海あり、山あり、美味しいものが満載で、生活するには、

そんなに困っていないような町の佇まいは、

気持ちの落ち着くものでした。

そういえば、マンションらしき建物は見当たらず。

でも、新しい事をやるには、ハードルが高いとは、娘の弁。

さて、ほどほどの田舎と名古屋のような大都会とどちらが住みやすいのか?

旅行支援を利用して、一泊のホテル旅も満喫して、

帰途に着いたまではよかったけれど。

帰りの高速バスは、休憩に入ったサービスエリアで警告音が鳴り出し。

少し走ったけれど、次のサービスエリアで走行不能に。

幸い、郡上八幡近くだったので、

ジャンボタクシーで、2時間遅れで、無事に名古屋へ着きました。

私は旅行中にふとしたことから、携帯電話がひび割れ、

画面がバーコードのようになる中、なんとか、家人と連絡取り合う羽目に。

翌朝、壊れた携帯電話を足に落として指がぽんぽんぽんに腫れたまま、仕事。

娘のところは、私が帰ったことに気づいた下の子供が追いかけようとして、

パパが危ないと、引っ張った肘が外れて、接骨院へ。

と、双方てんやわわやの結末でした。

そんなこんなも含めて、楽しい時間をいただきました。

季節は巡り、もう11月。なんだか慌ただしいけれど、また頑張らせてもらいます。

みんなで行った、世界遺産、五箇山の合掌作りの村。

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五箇山の山の中に、私をぜひ案内したいと、

熊鍋や熊刺しを出す店に連れて行ってくれました。

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ジビエなんて気取ってない、マタギの店。お値段もリーズナブル。

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初めて食べる熊刺しは口の中でとろけ、

最後にほのかなナッツの味がしてとても美味でした。

 

 

 

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2022年8月24日 (水)

No.1013 夏の名残の一夜

昨年はコロナ禍で見送った鵜飼い見物に行って来ました。

鵜飼いといえば、岐阜の長良川鵜飼いが有名ですが、私達が向かったのは犬山の木曽川鵜飼い。

名鉄電車に乗り、自宅からは1時間程で、ゆったり流れる木曽川、

迫り来る山、目をやれば国宝犬山城という、

日常とはまるで違うロケーション。

暮れなずむ川面に鵜と鵜匠さんがスタンバイ。名鉄電車が鉄橋を渡ります。

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昨年新調された、ろうそくが入った提灯。

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気持ちの良い川風を受けて、狩場まで観覧船で行く先にはライトアップされた犬山城。

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さていよいよ鵜飼い見物の始まり。

籠の中におとなしく入っていた鵜が鵜匠の手綱から川面へと放たれます。

一度に10羽の鵜を操る鵜匠の他にも船頭さん二人、

(中乗りさんの意味を初めて知る)他に一名、

睨みを利かせている人物と4名一組の漁です。

鵜は潜っては魚を飲み込み、手綱を引かれて舟に上がれば、

手綱を絞められ魚を吐くを繰り返します。

かいがいしく働く鵜と、見事な手綱さばきの鵜匠の息もピッタリで、

あっという間に30分の鵜飼いが終わりました。

1300年続く漁法とのことですが、

今は伝承と観光のためのようです。

それでも、一夜では身につかない技と、鵜匠一家と一緒に、

一生暮らすと鵜との信頼関係は、

見ているものをすっかり魅了させてくれました。

舟の舳先の篝火のあかりを思いだしながら、名鉄電車で名古屋駅まで戻って来ると、

人工灯に照らされて、あふれる人波があり、

一度に現実に引き戻されました。

百聞は一見に如かず。

夏の名残の幻想的な一夜を楽しませてもらいました。Sdsc_2774Shorizon_0002_burst20220823195814464

最後に、教えてもらった、

日常生活に溶けこんだ鵜に因んだ言葉を紹介します。

「鵜呑みにする」 なるほど。

「鵜の目鷹の目」  鵜はとても視力が良いそうです。

「うがい」 へぇ。なるほど。

そして、鵜が一番難儀する獲物は「ウナギ」(う、難儀)とか。

なあーるほどでした。

ちなみにチーフは、

翌日の運転免許高齢者講習のためにお留守番でした。

 

2022年4月16日 (土)

No.988 京都花と食のディープな旅その2 御倉屋

美しくもその美しさが怪しさをも想気させた原谷苑を後に、

シェフが再訪を望んでいた、和菓子の御倉屋(みくらや)へ。

原谷からもう少しだけ北東へと、こちらも京都市内では、

北の北。中々訪れることが難しい場所です。

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前回訪れたのは、15年位前かしら。

最近は、素朴な「旅奴」という、

和風ポルポローネのようなお菓子が有名だけれど、

生菓子の上品な味わいに唸りました。

駐車場がないので、私は車でお留守番。

シェフと娘が、上手に選んでくれて、

実家へのお土産もできました。

店内にはお菓子の見本が並んでいるだけで、

お値段の表示は無いそうです。

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注文を受けてから、丁寧な包装にも時間がかかります。

お菓子の味わいは、これが洗練というものか、という感想です。

一口食べて、美味しい!と言うものではなく、

スムーズに口に運ばれ、秘かな楽しみが口中に残るという味わいです。

旅の翌日、残ったお菓子を抹茶をたてていただきました。

が、しかし、すでに生地がパサパサしかけて、

美味しいものの儚さを感じつつ、作り手の良心にも触れた思いです。

御倉屋さん、有名だけれど、流されずに、

守っていただきたいお味です。

 

 

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2022年4月15日 (金)

No.987 花と食を巡るディープな京都旅 その1原谷苑

若い時、桜はあまり好きにはなれなかった。

満開になるとぼんやりした花色で、つかみどころがなく、

どこを見ていいのか、不安な気持ちを抱いた。

歳を経るごとに、厳しい冬の寒さを耐え、咲く桜が、

素直に春の訪れを喜ばせてくれる花になりました。

先日、たっての希望だった、京都洛北金閣寺の奥にある、

桜の園、原谷苑を訪れることができました。

4月も半ばで、少し遅いかな、とも思いながらも、

京都でも最北、北山にへばりつくような原谷。

桜の種類も枝垂桜が中心と、思いきって出掛けました。

入場料1500円(時価だそうです)を支払い、

一歩園内に足を踏み入れると、そこはまさしく桜の園。

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満開の枝垂桜を中心とした様々な桜が空を覆い、

雪柳、レンギョウ、山吹、山つつじ、しゃくなげや

色とりどりのボケなどの低木も花盛りです。

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高低差のある園内には所々に床机が置いてあり、座ってゆっくりと景色を眺めることもできます。

この景色は何といえばよいのか。庭園でもない。公園でもない。

植物園でもないし、山でもない。

不思議な眺めです。まるで夢の中にでも迷い混んだような。

 

とても美しい。天気も申し分ない。

でも、なんとも浮世離れしたような景色で、

ここにはコロナ禍での不自由も、

ウクライナでの悲惨な出来事も何もなかったかのよう。

若い時、桜に感じたような不安な感覚が呼び覚まされたような、

なんとも不思議な場所でした。

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約一時間の周遊を終え、外に出ると同行した娘も、

夢幻というのか、白昼夢というのかな、

と同じような感想を述べたこともびっくりでした。

京都洛北、原谷苑。桜に覆われた美しい花園でした。

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2020年3月31日 (火)

No.830 インド写真館 食事編

インド写真館も後、食事編と番外編で終わりかな、と思っていたら、

世の中コロナウイルスで大変な騒々になっていきました。

何かブログアップしそびれちゃって、インドの話はこのまま終わりそうです。

そもそもインドでは、ご多分に漏れず、お腹を壊しつつの旅行だったので、

食事の写真もまともにありません。最後に少しだけ、写真をアップしますね。

インド写真館にお付き合いありがとうございました。

もう少し、お釈迦様のお話しを書いてみたかったけれど、また、ぼちぼちいきます。

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ベナレスの裏路地でチャイや軽食を出す店

少し前、インドにAmazonが参入しようとしているけれど、

個人小店主の反対にあい、前進出来ないという記事を見かけました。

農地が広がる以外は町と町の間隔が狭く、

道の両側にはありとあらゆる商店が立ち並んでいた光景を思いだします。

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サリー、赤ちゃんの紙オムツ、お菓子など何でもブラブラぶら下げて売っていました。

人口も多くアマゾンには魅力的な市場だろうけど、簡単じゃないだろうな。

携帯電話の普及はしているけれど、ちゃんと商品が届けられるのかな?など、思ったりして。

そうこうしてるうちに、インドには日本人は入国禁止となり、

それから間なしにインド全国に外出禁止令がでて、ひと気のない、

デリーがテレビに写された時は、本当にびっくりしました。

あの人、人、人で埋め付くされていた喧騒の町。

インド人が言うことを聞くのかな?と思っていると、

今度は違反した人のお尻を棒で叩く警官や、腕立て伏せをさせられている光景が報道され、

やっぱりな、とニヤリとなりました。

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こんなお食事も。ホッケホテルではお粥や卵焼きの日本食も

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最後のホテルの豪華なバイキング

 それにしてもコロナウイルスは不気味です。

2020年3月20日 (金)

No.829 インド写真館 美術編

インドでであった素晴らしい美術の数々。とはいえ、今回は美術館、

博物館はサルナート州立考古博物館のみでした。でもお伝えしきれないほどの中からどうぞ。

サルナート考古博物館蔵 アショカ王柱頭部

紀元前3世紀 背会わせの4頭のライオン インド国家の紋章であり、

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すべての紙幣に描かれています。いまだに威厳と輝きを放っています。

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サルナート考古博物館蔵 釈迦初転法輪像 5世紀

ほぼ完全な形で台座まであります。美しく、本当に魅了されます。正面、右、左と見る角度でも表情が変わります。

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サルナート考古博物館蔵 釈迦八相図 誕生から入滅までの様相が示されています。

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バイシャリ八分骨のストゥーパとアショカ王柱

お釈迦様の入滅直後には仏像が作られる事はなく、

それぞれのご縁があった地に遺骨が分配されました。

人々は仏舎利塔(ストゥーパ)を作り、それを礼拝していたと思われます。

紀元前380年頃にほぼインドを統一したアショカ王が深く仏教を敬い、

アショカ王柱を立て、俾文にその地であったことを記したようです。

アショカ王柱とストゥーパのセットではこのバイシャリの王柱は

14mの高さと頭部まできれいに残っていて立派です。

時代は下り、1650年頃。インドはイスラム教のムガル帝国の統治下。

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有名なタージ・マハルは王妃の御廟です。百聞は一見に如かず。

そのスケールの大きさに圧倒されます。左右だけでなく、前後も対照です。

また、前門は赤砂岩の立派な物、左右にも対照の建物があります。もちろん、世界遺産です。

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ムガル帝国のアグラ城の紋様。美しいお城にため息が出ます。

タージ・マハルを作った王様はこの城の一室に息子に幽閉され、タージ・マハルを遠く眺めてなくなったと。

私なりの歴史理解。はー、まっちがってないかな?今回は解説が大変でした。

 

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2020年3月16日 (月)

No.828 インド写真館 デザイン編

続いては気になって、写真に納めたデザインの色々

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首都デリーのインディラガンジー国際空港の玄関

印象的なデザインに見いってしまいます。飛行時間は10時間半。

到着は夜中の1時過ぎでしたが、空港内の店舗は24時間開いているとのこと。

友人はこの玄関デザインに「ウワー、インドへ来たー」と興奮して、

ターバンを巻いた人を見るたびに、「見てー、あっちにもインド人、こっちにもインド人」と。

そりゃそうです。インドですから。でも、ターバンを巻いているのはシーク教徒とのことで、

人工に占める割合は少ないようです。シーク教徒はお金持ちが多いそうで、空港ではたくさん、出会いました。

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インドの紙幣 50ルピー(約85円)

枕銭などのチップで、50ルピーにはお世話になりました。

中央にはインド独立運動のマハトマガンジー、右下に、サルナートで実物を見たアショカ王柱(インド国家の紋章)

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ラジギールホッケホテルのルームキー

アナログな鍵です。都会のホテルはカードキーで、差し込めば電気も付く、

今時でしたが、田舎のホテルは重々しいこれ。ホテルも山のロッジ風でした。

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LPガス運搬車のロゴ 会社のロゴもかわいいし、危険物もよく分かります。カニシカメイルは会社名?

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タージ・マハルの大理石彫刻 友人は西アジア細密画を習っていて、

こういうチューリップの絵柄はモチーフとして多いとのこと。

ところで、この記事を掲載した今日16日(月)は、家庭の事情により

臨時休業させて頂きます。

ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

 

2020年3月14日 (土)

No.827 インド写真館 街角編

コロナウイルスが、世界的な脅威となり、日常生活を脅かしています。

浅野屋も特にご予約がない日は「今日はお客様0では?」と心配しつつも、

なんとか綱渡りの日々です。

インド旅行が遠い昔にも思えるほど目まぐるしい毎日。

忘れぬうちにインド写真館へお誘いです。今回は街角の風景(ごく一部で残念)です。

3日目の早朝、まだ暗いうちに懐中電灯を持って、ベナレスのガンジス河へ。

ベナレスは英語読みで、現地の方はヴァーラナースィなどと発音されています。

言わずと知れたヒンドゥーの聖地です。

お釈迦様もお悟りをひらかれた後、「カーシーへ行く」とこのベナレスを目指されました。

今も昔も「霊的な光に溢れた町」という特別な聖地です。

私たちは、船に乗って立ち並ぶガートを見学。

残念なことにあいにくの天気で朝日が昇るのは見ることができませんでした。

それでもガイドさんの後に必死で着いて歩いた裏路地の光景、明け行く空、

立ち上る煙り、そしておいしかったチャイの味など忘れられないものでした。

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まだ暗いうちに、明々としているのは、聖水を汲む水瓶を売る店

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ヒンドゥーの神様の祠かな?ベナレスの狭い裏路地

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クシナガラの涅槃堂を出たところで、夜明けと共に屋台が出現。ピーナッツ売り

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インドとネパール国境付近の町。写真はインド側。色鮮やかなサリー。

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洋服屋のお隣はファスナーやボタンを売ってる小間物屋

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意外に?きれいに並べてあるドラッグストアー。

1階はシャンプーなどの日用品、2階は薬のようでした。

残念ながらバスからの眺めです。翌日ネパール検問所では、

屋台で駄菓子を買いました。乾期でとても埃っぽいです。

 

2020年3月 9日 (月)

No.825 インド写真館 動物編

久しぶりにブログ更新すると、皆さんから読んでるよ、とお声がかかり、うれしいです。

ありがとうございます。

さて、中断していたインドの旅。写真で振り返ってみますね。

と、ここで前回シルクロードでは、2日目辺りでカメラを落としてレンズがパリーン。

以降、フォーカスがかかったような写真となり、無念。

そして今回、もう壊れてもいいやと、愛用の古いカメラを持参したら、

2日目夜からまったく動かなくなる、とまたしても早々のトラブル。迷いに迷って持っていった、

スマホのカメラ機能に助けてもらった旅でした。

が、しかし、肝心のブッダガヤ(お悟りを開かれた地)はスマホ禁止で写真はなしとなったけれど。

インドは動物と人間が入り交じり、暮らしていました。

ゾウこそ、見かけなかったけれど、牛、犬、猿、ヤギは至るところに。

水牛、羊、いの豚などもよく見かけました。

猫はヒンドゥーの神様の乗り物のネズミの敵とみられ、人気が無いそうです。

ベナレスの路地裏にて  私たちが通るのをじっと待ってくれていた牛。

この写真を見て母は、「作り物が置いてあるのか?」と。いえいえ、本物です。

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インドの牛。背中にコブがあり、乳量は少ないけれど、この牛のお乳の味がインド人は大好きとのこと。

この後でいただいた、チャイもおいしかったです。

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ナーランダ大学跡の看板を背にした犬。この犬がこの後ずーっと着いて来ました。

あちこちにいるけれど、おとなしく、怖くはないです。

瞑想する犬。寝るときは、どの犬もこのポーズ。

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祇園精舎のお猿。お勤めをよりしていたら、誰かのカバンを加えて行く猿。

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お菓子の袋を発見したようです。祇園精舎の鐘の音はいずこへ。ああ、プラゴミは怖い。

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霊鷲山の猿。こちらは孫悟空のモデルのキンシコウかな。しっぽが長い猿です。

お釈迦様の逸話にも猿はよく登場します。

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りすもあちらこちらにいました。

 

2020年2月21日 (金)

No.823 インド 仏陀のみ跡を慕う旅2

さて、現代のインドは今年中には中国を抜いて、人口が世界一位になる大国で、とにかく人々々。

デリーや途中泊まったラクノウなどは、高層ビルが建ち並び、

地下鉄や高速道路もあり、朝夕はたくさんの車で大渋滞です。ちなみにインドでもっともポピュラーな車は「スズキ」。

2位が「ヒュンダイ」だそうで、あちこちで見かけました。

トヨタやアウディなども都心部ではよく見かけたけれども、とても高級だそうです。

大都市に比べ、バスで回った仏跡地はどこもすごい田舎。

菜の花によく似たからし菜の黄色い畑が続き、

小さなヒンズーの祠にお参りする女性あり、素っ裸で修行の道中のジャイナ教徒の僧あり。

バスが着くとものごいに集まって来る、赤ん坊を連れた子ども、手に絵はがきや仏像を持ってくる物売り。

屋根の無い日干しレンガの家々が続き、朝夕には焚き火で煮炊きしている姿をあちこちで見ました。

ちなみに乾季の1、2月の気温は朝夕が4、5度で日中でも20度を越える日はなく、

暑い印象のインドですが、むしろ寒かったです。持って行った薄手のダウンジャケットやセーターを手放せない毎日でした。

道は舗装された道路に慣れている日本の私たちには悪路続きでしたが、

ラクノウからタージマハールのあるアグラへの道、アグラからデリーへ向かう道などは片側4車線の立派な高速道路。

しかも空き空き。これらは通行料金がとても高い私設の高速道路というのにもびっくりです。

考えられないぐらいの貧富の差にも驚かされたインドでした。

1日8時間は乗っていたバスでの眺めは飽きることなく、中でも心動かされたのは、

農村のあちこちで見かけたツルの群れ。アネハズルや黒ズルでしょうか。

彼らは遠くモンゴルの草原からヒマラヤ8000mの山々を一年に一度だけ吹く、

上昇気流に何度もトライしながら乗って、命がけでやってくるとのこと。

以前行ったシルクロードの仏教伝来の道々。私の中で2つの旅が一つになった感動の場面です。

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どこか見慣れた風景のからし菜の畑

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放牧されている羊の群れ

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かわいいデコバスはスクールバス

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派手なデコトラック

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カオスな交差点

 

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